Seobastien Dujardin
Pearl Games
Asmodee
Asterion Press
Heidelberger Spieleverlag
2~4人
60分
デウス
駿河屋で購入
デウスに守られた民族が、自分たちの国家を建設しようとうごめく。
軍隊をくりだし、蛮族を支配する必要もあるだろう。
神殿を建てることで、デウスの恩恵を得る事もできる。
最も神に愛された国を建国するのは誰だろう。
プレイ感
タナカマにとりあえず今、流行ってるのをやりたいというと出してきたのがこれ。見栄えはなんか
テラミスティカ
みたいでルールがややこしそうと思ったら、ルールは簡単ですとの事。タナカマ夫妻、COQとの4人プレイにて。
ボードは可変となっている。あえて丸みを帯びさせてるのは、見栄えの問題だけである。
手札5枚。手番にはカードを1枚プレイして、書いてあるアクションを実行するか、手札を好きな枚数を捨てて5枚になるように補充するのどちらか。
これが可変ボード。一見すると不思議な形だが、単にマス目を設置しているだけ。蛮族マスを囲むと一番軍事力の高いプレイヤーが勝利点タイルを貰える。
カードプレイは、自分の場に色ごとに積み重ねていく。そのとき、出したカードと同じ過去のカードのアクションは全て実行できる。つまり同じ色のカードを使えば使うほどアクション数が多くなるのだ。
補充は、捨てる時1番上にしたカードの色によって、効果が違ってくる。基本はその色の駒をストックからリザーブへ移動させるという
エルグランデ
の2段階方式で、それにプラスして様々な効果がある。
これが個人ボード。駒が載っており、これが使える駒。色分けされた場所にカードを置いていく。同じ色のカードをプレイすると前においたカードも効果を発揮する。
こうやって自分の駒をボードに出して、勝利点の合計が高いプレイヤーが勝ちである。
COQ「このゲーム、軍隊がかなり強いですよ」
タナカマ「終了条件に、全ての蛮族を制圧することがありますから、自分で終了タイミングを決められるんです」
軍隊はピンク色のカードで、ボードにある蛮族マスを攻略するのに使う。蛮族マスを駒が取り囲んだ時点で、軍隊の一番多いプレイヤーが蛮族の得点駒を貰えるのだ。しかも軍隊はカードを使ってだが移動させる事もできる。
COQ「1手番目は生産のカードを一番上にして5枚とも捨てるのが良いですよ」
生産のカードを1番上に捨てると、5枚になるまで手札を補充した後、捨てたカード枚数を追加で引けるのだ。つまり5枚捨てると10枚になる。
わし「あ、わし、生産のカードないやんけ! 神殿を一番上にしたらええのか」
神殿は特別なカードで好きな色にする事が出来る。内容自体は、大きなボーナス点が貰えるっていうよくある奴だ。
同じ色のカードを出せば、以前出したカードのアクションも実行可能となって、出せば出すほど強くなるのだが、それを抑えているのは、駒の数である。最初は1色につき2個の駒しかリザーブに置かれていない。ストックから持ち出す為にはその色のカードを上にして捨てなければならない。
手元に神殿ばっかりきやがった。
わしはCOQにならいカードを10枚にしてスタート。
軍事のカードが多かったので、軍事を出す。
最初の1駒目は、外周の好きな場所に置いていい。次からはこれに繋げるように駒を配置していく。
当然、軍事は蛮族マスを取り囲むように置かないと意味がないので、そこに置いた。
しかしよくよく見てみれば、わしが攻めようとしている蛮族マスには海洋があり、わしの手元には海洋カードがなかった。
海洋欲しいと、捨ててはカードを補充するがまったく出てこない。
そうこうしているうちに、周りは着々と駒を出していき、相乗効果で段々と強くなっていく。
わしは、結果、満遍なく出す形になり、神殿を建てる方法をとることにした。
満遍なく出して、神殿を出していく作戦。
神殿は最初の1個ならそのまま建てる事が出来るが、2個目を建てるには、全ての色のカードが1枚ずつ揃っていなくてはならない。3個目なら2枚ずつ揃える必要がある。満遍なくカードを出すという事は、相乗効果をあまり利用出来ないというデメリットがあるが、その分ボーナスが強力だという事だ。実際のところ、1点集中型か満遍なく神殿型か、どっちが強いかは解らない。
ゲームが終盤にさしかかったころ、猛烈にだれた。
というのは、皆、それぞれ欲しいカードというのがあるのだが、そのカード枚数が異常に少なくなり、何度もほかしては手札を交換しを延々と繰り返すようになったからだ。
何故カード枚数が少なくなるかといえば、都合の良いカードというのは、すでに利用され、それぞれの個人ボード上に置かれてしまっている。必要なカードの絶対量が足りなくなるのだ。
ひたすらカード交換を繰り返して、心の中で、もう誰でもええから終了条件満たせやと思ってた。
そしてようやく、蛮族マスを全て支配することでゲーム終了した。
正直、ホッとした。
所要時間 60分
勝者はCOQ。
最終。
ソマーリオ
最初の40分くらいは、普通にゲームとして楽しめるのだが、後半、カード交換だけで20分はあまりにもだれる。
収束性が悪いのもそうだが、最後の盛り上がりがなかった。
たまたま今回のプレイがそうなっただけなのかとタナカマに訊くと、同様に最後がちょっと残念なんですと言われた。
なんせ、必要なカードの絶対数が不足するのだ。
大体において、捨てるカードというのは不要だから捨てる。そのカードが2巡3巡となってくると、不良在庫の塊みたいになってくる。1回やっただけでは解らないがそれはどのようなセッションであろうと、そのセッションに不要なカードのたまり場になるような気がする。
これが好きな人はこればっかりやってるという話をきくので、不当な評価かも知れないが、2回目をやって再評価しようとはまったく思わない。
各カード(駒)の価値に必然的な違いを見いだせず、無理矢理、駒を分けたような感じがして、イメージを掴みにくいわ、システムは美しくないわ、荒削りだわ、とおよそドイツゲームらしさからはかけ離れている。そもそもドイツゲームのシステムというのは、選択肢を狭めて誰でもジレンマを味わえるように工夫されているが、こいつは選択肢が多くて、そういった工夫は皆無。
ウォーゲーム全盛時代にファミリー向けと銘打ったゲームな感じである。
カードを重ねて効果が強化されるというのは、わしの嫌いなローマの栄光と同じようなシステムで、作者は同じかと思った。違うと聞いて驚いた。
可変のボードも、見た目のような効果を生み出せておらず、なんだかプロトタイプのようなゲームだった。
そもそも、最初の1手目で、カードを全部捨てて10枚にするのが強いという時点で、「なに? このシステム?」という感じだった。
プレイヤーはシステムにまったく守られておらず、悪手を打つとどうしようもなくなる。ただこういったゲームは裏返しで、ゲーマーには受けがいいだろう。
ドイツゲームのシステムも出尽くした感があり、最近こういったゲームも増えてきている。同じボードゲームではあるが、これはもうジャンルが違うんじゃないかとさえ思う。
お店もそういったものを表記してくれるとありがたい。といってもジャンル分けは難しいだろうけど。
gioco del mondo