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Klaus Teuber
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KOSMOS
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3〜4人
70分
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カタンの開拓者たち
全世界で500万セット売れているモンスターボードゲーム。このカタンのおかげでボードゲームのルールはより複雑化していった。そうでないとカタンを超えるのは難しいからだ。
街道をひき、村をつくる。
新たに入植してきたカタン島で、開拓民が木材を切り開き、泥をこね、新しい街へと発展させていくのだ。
ルール説明
六角形のタイルを放射線状に配置して、カタン島を作る。その上に2から12まで書かれた数字チップを配置する。
ゲーム全景。タイルは全てバラバラなので毎回違った楽しみが出来る。
各プレイヤーは開拓地2個と街道2本を順番に従って配置する。
開拓地は六角形の頂点に、街道は辺に沿って配置するのだが、開拓地は隣と1マス空けねばならず、街道も同じ辺に敷設する事は出来ない。つまり開拓地は1枚のタイルにつき最大3つまで、街道は6つまでで、早いもの勝ちである。
自分の番になったらサイコロを2つ振る。出た目が今回、資源の算出する場所である。最初に配置した数字が置かれている所から、森林は木材を、丘陵は粘土を、牧草地は羊毛を、鉱山は鉄鉱石を、耕作地は穀物を算出する。その場所にまたがって開拓地を建てているプレイヤーは全員、その資源カードを貰える。これは相手のターンにも算出するのがポイント。
カード類。左上から最大騎士力、最長交易路、左下が何を作るのにどんな資源が必要かを記したカード、、真ん中下が騎士カードで、その他が資源カードである。
それから自分の欲しい資源を交渉する。交渉が終わると、建設フェイズ。
街道なら、木材1枚と粘土1枚で敷設出来るという感じに資源カードを消費して、街道、開拓地、街、発展カードを手に入れる。それぞれ必要な支援は違う。
また数字タイルに7はない。7が出ると、盗賊駒を動かす。盗賊の置かれた土地からは資源が算出しなくなるばかりか、動かしたプレイヤーはその土地に開拓地を建てているプレイヤーから資源カードをランダムに1枚奪える。
発展カードは、街道を2本敷設出来るとか、勝利ポイント1とかがあり、ほとんどは騎士カードである。騎士カードは盗賊を移動させる事が出来るカードである。このカードは自分のターンに1枚だけしか使えないし、購入したターンには使えない。
開拓地1ポイント、街2ポイントとして計算して10ポイント先に集めたプレイヤーが勝利する。また最長交易路といって最も長い街道を繋げたプレイヤーは2ポイント、最大騎士力といって最も多くの騎士カードを利用したプレイヤーに2ポイント貰えるカードがある。これは持ち主がその都度変わる。
プレイ感
サイコロを振って資源を算出し、資源の組み合わせで建設するゲームデザインは、素晴らしいの一言。
こういった戦略ゲームでありがちな、というよりアメリカ人がこれを作ったなら、土地タイルに数字で出来高が書いてあり、毎ターンその出来高のお金を貰って、お金を支払って何かを建設するといったゲームになる筈だ。
ドイツゲームに共通してあるのは、お金の概念が少ないという事。あっても金貨という小さい単位で、アメリカゲームみたいに色んな札束を用意する必要がない。これがドイツゲームの特徴のひとつといっていい。
お金の概念を無くし資源算出システムに変えたメリットは、資源を手に入れる為の交渉が必要になった事である。まさか「10万ドル出すから20万ドルと交換してくれへん?」と交渉する訳にはいかない。「木材出すから鉄鉱石と交換してくれへん?」これが良いところである。物々交換なんて原始的な方法かも知れないが、モノを何かで作るというイメージに勝るものはないやろね。「開拓地を作るには25万ドル払う」よりも「開拓地を作るには、木材と土と羊と小麦が必要」の方が楽しいでしょ?
見よ、この楽しい箱庭を。サイコロも全て木製で、楽しさ倍増! 上の左から丘陵、耕作地、森林、牧草地、鉱山。上に載っているのがサイコロ振って資源が取れる場所。他に港が見える。
なんかそこに昔、土とたわむれた時代を思い起こさせるのは言い過ぎだろうか?
これは人間の根本的欲求である。資本主義の権化であるアメリカ人にはたぶん思い付かない発想だろう。自然を大切にするドイツ人だからこその発想である。
しかしこのシステム使ったら色んなゲーム作れるんちゃうの? と思ってたら続々とカタンシリーズ(こっちも)が出ました。有志によるシナリオはこちら。日本人の考えた新しいカタン、カタンの魔術師はこちら。さらにクラウストイバー作じゃないカタンシステムを利用したウォーゲームも出るとの事。
カタンシリーズはいくつかしただけやけど、文句なしに初めのカタンが一番面白い。時間も1時間ちょいで出来るし、初心者でも勝てる運の要素があるくせに、強くなるための戦略もある。
交渉、建設、攻撃、ブラフ、運、戦略、ありとあらゆるものがシンプルなルールにすべて詰め込まれている。昔は複雑かなと思ったルールもとても建設的で分かりやすく覚えやすいのだ。7年前に覚えたゲームを説明書なしに再び出来るルールなんてそうざらにはない。
また、ばらばらになっている六角形の土地タイルと数字チップは毎回違うゲーム展開を生み出す。組み合わせは1兆通りを優に超える。
いつも一人でテレビゲームをやってる小学3年生の甥っ子がいる。可哀相なので、カタンを一緒にやってあげた。もう、そら、はまりにはまった。これくらいの子供で十分カタンの楽しさは解るのだ。それくらい内容は分かりやすい。
カタンはストリートファイター2やバイオハザードで有名なテレビゲームメーカー、カプコンが日本語版を販売している。
この日本語版、ボードゲームの素晴らしさを普及するために絶対に流行って欲しいのだが、ここを読んいる人にはこれを買うて欲しくないねん。
理由はプラスチック製の駒とボード。カタンの良さは積み木の楽しさなのだ。砂場で山を作りトンネルを造る楽しさがカタンなのである。駒は木で出来ている。(実際ドイツでは立体カタンを作った人まで登場。こりゃすげえ)モノポリーのようにプラスチックではない。駒を並べていく様はまさに積み木を組み立てているようで、大人子供関係なくワクワクさせてくれる。それがもうひとつのカタンの良さだ。カタンの世界に環境に悪いプラスチックの資源算出なんかない。もうひとつ気になる所は、ボードをくっつけてしまった所よりも、ロンゲストロード(最長交易路)やラージェストアーミー(最大騎士力)というカタカナ英語のオンパレード。日本語にしてくれよ! って思う。これはカプコンが悪いのではなく、こうでないと売れない日本に寂しさを感じる。逆の言い方をすればカプコンは売れるように頑張ってくれてるんだなという感じすらする。(個人的には昔のアメリカンゲーム風のコンポーネントなのが気になる。現在のアメリカはドイツゲームの意義を理解している)
これがカプコンカタン。土地がくっついているのは確かに組み立てが面倒なんで許せてもプラスチックの駒は許せない。もうひとつ贅沢を言うなら、土地のデザインが記号化されてるのも楽しさ半減では??
※まあ指輪物語ボードゲームの日本語版は、きちんと樹脂製である事からそこまで考えていなかったのかという疑問もあるけどさ(^^;
さすがにこれをデザインしたクラウストイバーはよく解っているようで、キンダーカタンという4歳児から出来るカタンは、まさに積み木である。
兄貴が偉そうに「このプラスチック造形が凄いねんて」と抜かしてたが環境に優しいドイツの話をすると「プラスチックはあかんな」と自説をひっくり返した。確かにプラスチック成形は日本の技術の見せ所だが、自然環境に悪いのだ。木はほかせば微生物が分解してくれる。しかしプラスチックは永遠に残ってしまう。それに例え、精密なプラスチックに劣ろうとも、木をいじる楽しさはそれを遥かに超える。こればっかりは実際に触って貰わんと解らんと思うが、なんか落ち着くのよ。人間の根元的欲求なんやろなと思う。森林浴もそれと同じ。
カタンの発売元、KOSMOSはそれが解っていないのか、プラスチックの駒が多いのが嫌いだ。新しいカタンも造形の立派なプラスチック製の駒に変わってしまっている。そんな造形がなくとも人間の想像力は十分に家と街道をイメージ出来るのに。逆に物凄く格好悪い。
よって、カタンを買うなら旧版でトライソフトというメーカーが輸入していたKOSMOSバージョンを買う事を勧める。ここは完全日本語版も出してたのでそれが良い。今はヤフーオークションで2000円以下とかなり安く手に入る。そして出来たらボードゲーム普及のためにカプコン版も購入して欲しい。
またカプコンはPS2でネットで出来るカタンも出す。ソフトは無料という気持ち良さ、これで一気にボードゲームが普及して欲しいと思うのだが、やっぱりボードゲームは人と正面に向き合ってこそである。またテレビ画面上では、木や紙の質感が味わえないのでカタンの魅力半減なのだ。ボードゲーム通じて言える事はシステムの楽しさだけじゃなく、数値化できない要素、実際に手に触れる楽しさ、人の表情の変化や雑談する楽しさも含まれているのだから。それを最大限にまで高めた手探りゲームなんてのもある。
甥っ子のカタンに夢中になる姿を見てると、つくづくテレビゲームの功罪が見えてくる。もう少し父親が家に帰って家族と一緒に居れる時間が作れたら。ドイツのようにそれを政策化して欲しいと心の底から願ってやまない。今の日本じゃ無理やろなー。逆に少子化を推奨してるような政策ばっかりやもん。。。
こちらに漫画でカタンのルールが解るpdfファイルが置いてあります。漫画はスーパーヅガンの片山まさゆきなんで結構おもろいです。ぷっ!